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生殖医療と遺伝

澤井秀明

2022年度 年次大会-講演抄録 | 特別講演−1

学会講師 : 澤井秀明

Abstract

生殖医療は受精という遺伝の本質に近い領域を扱う医療であり,その点から生殖医療と遺伝医療は密接な関連がある.しかし,かつての“不妊治療”の時代は長らく卵管通過性の確保や排卵誘発,そして人工授精までがその守備範囲であり,生殖補助医療ARTが導入さ
れるまでは,実際は直接的に受精を扱うことはなかった.そのため生殖医療と遺伝医療はそれぞれ別々に発展してきたが,この転機となったのが体外受精・胚移植である.その後の顕微授精,そして着床前遺伝学的検査にいたる過程で生殖医療は遺伝医療と密接な関連を持つようになった.
染色体異常などの遺伝的要因が妊娠に及ぼす影響を考えると,これらを原因とする不妊症・不育症・先天異常児の妊娠は同じ原因の影響度の差であることがわかる.たとえば染色体異常の及ぼす影響が大きな異常であればそもそも受精ができず不妊症となり,中等度
の異常であれば妊娠はするが途中で流産(反復すると不育症)となり,軽度の異常であれば妊娠は継続して先天異常を有する児として出生する.このように胎児の状態を説明する上で生殖医療における遺伝医療の視点は重要である.

ARTによる治療は標準的な不妊治療として広く臨床応用され,その成績を大きく向上させており,保険適用にもなり,高い治療効果は明らかである.しかし,いくつかの遺伝医学的な課題があり,ARTによる治療を実施するうえであらかじめ対応を考えておくのが適切である.いくつかの定型的な課題とその対応を示す.(1)不妊症や習慣流産の原因としてカップルのいずれかが染色体異常保因者である可能性,(2)ART妊娠で出生した児の先天異常のリスク,(3)ゲノム刷り込み現象(インプリンティング)の異常による疾患発症について,(4)顕微授精と染色体異常妊娠との関連性(重症乏精子症の適応で顕微授精を実施した場合には染色体異常を有する児の出生率が上昇する可能性),(5)重度乏精子症や無精子症におけるY染色体の微小欠失と次世代への伝播の問題.こうした課題は生殖医療を行ううえで必要な「生殖遺伝カウンセリング」として新たな領域を確立しつつある.
不妊治療を受けるカップルにとってARTの遺伝的リスクや未解明の点を理解するという点がもちろん重要である.しかし実際にはARTを提供する医療者側にとって
も,一定の確率で生まれる先天異常や染色体異常のリスクをあらかじめ理解してもらうことで,実際にそうしたことが起こった場合のトラブルを未然に防ぐという意味
もある.これまで情報提供は臨床遺伝専門医や生殖医療専門医などの医師によることが多かったが,近年は生殖遺伝カウンセリングとして認定遺伝カウンセラーや不妊専門看護師がART 施設で活躍を始めており,ART 治療のメリットとリスクについての充実した生殖遺
伝カウンセリングがカップルの不妊治療の支援となっている.認定遺伝カウンセラーの資格は従来は看護師や理系の学部卒業者が取得していることが多かったが,最近は胚培養士の取得者も増加しつつある.

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