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産婦人科出身造血幹細胞研究者が想造する未来医療

宮西正憲

2022年度 年次大会-講演抄録 | シンポジウム1 「多様性が求められる未来のARTについて」

学会講師 : 宮西正憲

Abstract

約30 億塩基対にものぼるヒトゲノム配列の完全解読を目指した「ヒトゲノム計画」は,生命科学の発展のみならず,医学の発展に大きく寄与したことは疑いの余地がない.1990 年に始まったこの壮大なプロジェクトから得られた大量の遺伝子情報をもとに,様々な難病の原因やがんの発生メカニズムなど数多くの知見がもたらされた.また最近では,これらの解析結果を利用した将来の疾患発症リスク予測を謳う遺伝子診断ビジネスが社会現象化しつつある.しかし,これらの遺伝子診断がもたらす医学的意義は,疾患発症予防リスクの低減を目指した生活習慣改善など,一定の効果は期待されるものの,医療業界全体への影響はまだ限定的であると予想される.その理由としては,遺伝子診断から得られる知見が,病態メカニズムの解明には至っていないことや,原因が明らかになったとしても遺伝子治療自体が技術的に困難であることなどが挙げられる.産科領域における遺伝子検査を含む出生前診断などが,その良い例である.

その一方で,「ヒトゲノム計画」は,様々な技術的革新をもたらしてきた.単一細胞レベルでの細胞情報の抽出および解析技術,特に遺伝子発現を網羅的に計測可能なシングルセルRNA-seq 解析(scRNA-seq)は,新たな生命科学,医学研究の扉を開きつつある.2016 年に発足したHuman Cell Atlasと呼ばれる国際プロジェクトでは,scRNA-seq 技術を用い人体を構成する約37兆個全ての遺伝子発現パターンを明らかにすることを目標としている.本プロジェクトは,細胞レベル,臓器レベルでの細胞情報の不均一性を1細胞レベルで解き明かし,未来の個別化医療に向けた人体地図を描くという壮大な計画であるが,極めて膨大な情報量から人種等の違いを超えた共通ルールを個体全体で高精度に理解するのは容易ではないと思われる.また想定される人体地図を用い実際に個別化医療へと展開するには,技術的な安定性,経済的な問題,臨床現場への技術導入方法など,解決すべき課題は少なくない.
我々の研究室では,個別化医療実現の鍵を血液細胞およびその解析技術が握っていると予想している.人体を構成する37兆個の細胞のうち約7割を血液細胞が占めること,また血液細胞の産生自体は主に骨髄内で行われるものの,産生された血液細胞の殆どが血流
を介し臓器間の情報の仲介役や恒常性の維持役を担っていることから,我々の予測以上に生体に起こりうるあらゆる現象,さらには疾患の発症そのものが,血液細胞により強く制御されていることが予測される.抗PD-1抗体,抗CD20 抗体,抗CD47 抗体のように,
異なる血液細胞をターゲットとし,異なるメカニズムで細胞制御することで,数多くの疾患がこれまでとは異なる機序で治療可能であること示した実例は,その良い例である.本シンポジウムのテーマであるARTに関しても,異なる個体由来の細胞融合(受精)や胚の成育に免疫寛容が必須であるなど,血液細胞,特に免疫細胞による関与は重要であることが伺える.

本発表では,最近の血液解析技術や科学的知見の紹介も含め,血液細胞の持つ可能性のみならず,次世代型血液細胞解析技術が,疾患診断から病態解明,さらには治療技術開発へと展開可能か,また未来のARTに貢献しうるかを議論したい.

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