Papers and Abstracts

論文・講演抄録

ART妊娠の周産期医療における問題点

谷村 憲司

2022年度 年次大会-講演抄録特別公演−2

学会講師:谷村 憲司

Abstract

 日本産科婦人科学会のARTデータブックによると 2020 年における生殖補助医療(ART)による妊娠から出 生した 児( A R T 児 ) は , 約 6 万 人であり , 同年の出生児( 約 8 4 万 人 ) の 7 . 2 % を A R T 児 が 占 め る こ と に な る . さらに,2020年の総ART実施数の40%を40歳以 上女性が占める.今後も,晩婚化が進むにつれて,周 産 期 的 に ハ イリスク で あ る 4 0 歳 以 上 の A R T 妊 娠 が さ らに増加することが予想される.妊娠前からハイリスク 妊娠になることが明らかな不妊女性がART 妊娠した場 合に,ART 実施施設と周産期管理施設の間で軋轢が 生じることがある. 逆に,ART,周産期医療に携わる 医療従事者がともに ART 妊娠の周産期における問題 点を理解しておくことで不妊患者により安全なARTなら びに周産期医療を提供することが可能になる.

一方,我々の施設では,流産を繰り返し生児が得られ ない,所謂,不育症の診療を行っている. 不育症の原因 としてカップルどちらかの染色体均衡型転座保因,胎児染色体異数性が含まれる. 前者に対しては着床前胚染 色 体 構 造 異 常 検 査 ( P G T – S R ), 後 者 に 対 し て は 着 床 前 胚 染 色 体 異 数 性 検 査( P G T – A )を 併 用 し た A R T が 理 論 的には生児獲得率向上に寄与しそうだが,残念ながら, それらの有用性についてのエビデンスは今のところない.

本発表では,ART妊娠における妊娠高血圧症候群(HDP), 妊 娠 糖 尿 病(GDM), 早産,Placenta accrete spectrum(PAS)などの産科合併症発生リス ク,児への短期・長期的影響について,主に,最近の シ ス テ マ テ ィッ ク ・ レ ビ ュ ー , メ タ 解 析 な ど の 研 究 報 告 や自験例を基にレビューする.

1 ARTと産科合併症
a) HDP: 自然妊娠 vs ART 妊娠では ART 妊娠,新鮮胚移植(fresh ET)vs 凍結胚移植(FET)ではFET, 自然周期のFET(NC-FET)vsホルモン補充周期の FET(HRC-FET)では HRC-FET で,それぞれ HDP 発 生 リスク が 高 い と い う 報 告 が 多 い . ま た , 卵 子 提 供 ではHDP 発生リスクが特に高いとの報告もある.

b) GDM:自然妊娠 vs ART 妊娠では ART 妊娠,自然 妊娠 vs IVF妊娠ではIVF妊娠,NC-FET vs HRC- F E T では N C – F E T で,それぞれ G D M 発 生リスクが 高 いとする報告がある.一方,自然妊娠 vs ICSI妊娠, ならびに,fresh ET vs FETではGDM発生リスクに有 意差はないとの報告がある.

c) 早産:自然妊娠 vs ART妊娠ではART妊娠,fresh ET vs FETではfresh ETで,それぞれ早産リスクが高 いという報告がある.

d) PAS:前置胎盤を合併しない場合,ART妊娠が PAS の最大のリスク因子であるとの報告がある.また, 自然妊娠 vs IVF妊娠ではIVF妊娠,fresh ET vs FET で は FET,NC-FET vs HRC-FET で は HRC- FET で,それぞれ PAS 発生リスクが高いとする報告が 多い.さらに,自然妊娠に合併したPASよりもIVF 妊 娠に合併した PAS の方が分娩前診断は困難であるとの 報告がある.

2 ARTが児に及ぼす影響

a) 低出生体重(LBW):自然妊娠 vs ART 妊娠では ART妊娠,fresh ET vs FETではfresh ETで,それ ぞれ LBW 児発生リスクが高いとの報告がある.

b) 先天異常:自然妊娠とART 妊娠の比較で,心臓, 中枢神経系,泌尿生殖器系,筋骨格系のそれぞれの 形態異常発生リスクは,いずれもART 妊娠で高かった が,染 色 体 異 常 発 生リスクには 有 意 差 がなかったとの報告がある.また,imprinting異常症の一つである Beckwith-Wiedemann 症候群は,ARTにおいて相対 危険度 9との報告もあるが否定的な意見もある.

c) 発達障害:自然妊娠との比較でART 妊娠は脳性麻 痺 の 高リスクであり,他 方,I V F は自閉 症 発 生リスクを 高めず,ICSI は高めると報告されている.

d) メタボリック症候群:臨床研究や動物実験で,ART 児は,糖や脂質代謝異常,高血圧などから心血管疾患 に罹患しやすい,所謂,メタボリック症候群の高リスク となる危険性が示されている.

 

 

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