ヒトtherapeutic cloning への挑戦と課題
2017年度 年次大会-講演抄録|Rising Sun Lecture
学会講師:山田 満稔
Abstract
1960年代,Gurdonはカエルを用いたクローニングにはじめて成功した.
以来,体細胞核移植(Somatic Cell Nuclar Transfer: SCNT)はヒトにも応用可能と期待され,患者に遺伝的にマッチした免疫拒絶されない細胞治療,Therapeutic cloningを目標に研究が行われてきた.
2006年,Yamanakaらは4つの胚性の転写因子により分化した細胞を未分化な状態にリプログラミングすることに成功した.こうして樹立された細胞は人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell: iPSCs)と名付けられた.
iPSCsは通常の胚性幹細胞(ESCs)と同様の多能性を有し,韓国のグループによるヒトSCNTの捏造の発覚も相まって,再生医療研究はiPSCsに一気に集中した.
しかしながら,iPSCsはESCsと比較して,DNAメチル化異常やガン化のリスクといった問題が指摘され,SCNT技術の確立を目指して少数のグループでSCNT研究が継続された.
我々のグループは,受精卵のゲノムから胚性遺伝子の転写の活性化(Zygotic Genome Activation: ZGA)が十分に起こらないこと,卵子の細胞周期が進んでしまうことがSCNT胚の発生停止の原因であることを明らかにした.
こうした知見を元に,ヒストン脱アセチル化阻害剤(HDACi)による改良SCNTプロトコルにより,核移植した胚は胚盤胞に発生し,4株の核移植胚性幹細胞(ntESCs)の樹立に成功した.
しかしながらSCNT技術には二つの課題が指摘される.
一つにはヒト卵子を用いる倫理的問題であり,体細胞を初期化するより良い方法の開発に向けた分子基盤を整備する必要がある.
もう一つの課題には,ミトコンドリア遺伝浮動(mtDNA genetic drift)が挙げられる.
SCNT後,核側ドナー由来の少数の持ち込みミトコンドリアが,ntESCsにおいて細胞質側ドナーのミトコンドリアよりも増加する現象が観察されている.
そのため変異ミトコンドリアを有するミトコンドリア病患者では,mtDNA genetic driftのメカニズムとこれを避ける方法の開発が求められている.
本講演では,ntESCsの樹立によるtherapeutic cloningへの挑戦と課題について示した.
今後はヒト卵子および初期胚発生における遺伝子調節機構への理解が深まることで,ZGA型リプログラミングを介した,がん化しない,mtDNA genetic driftを避ける,安全な多能性幹細胞の樹立による再生医療の開発が期待される.