ミトコンドリアに着眼した加齢や肥満に伴う卵巣線維化 メカニズムと代謝改善によるその治療法の構築
2020年度 年次大会-講演抄録|生殖細胞のエネルギー代謝解析から ART へのトランスレーション
学会講師:梅原 崇
Abstract
加齢に伴う妊孕性の低下は,雌のほ乳類における 普遍的な現象である.我々のグループでは,早期に 妊孕性が低下する早期加齢化マウスにおいて,卵巣 の間質細胞にコラーゲンが沈着し,卵巣間質が線維 化すること,それが卵胞発育の停滞を誘導し,妊孕 性を著しく低下させることを見出した.近年,卵巣間質の線維化は,卵胞発育だけでなく卵胞破裂も抑 制すること,ヒトや霊長類においても加齢に伴い認 められていることが報告されており,卵巣線維化は, ほ乳類に共通して加齢に伴って発生し,卵胞発育か ら排卵に渡るすべての卵巣機能を低下させるキーファクターであると示唆される.このような線維化 であるが,これは肝臓や腎臓の機能疾患でよく認め られる症状(肝硬変や慢性腎臓病)であり,肥満や糖尿病のような代謝疾患と強く関連している.具体的に,代謝疾患では,細胞内小器官であるミトコンド リアの機能不全や酸化ストレスの上昇といった細胞 ストレスに伴って炎症が起こる.そして,炎症が常態化(慢性炎症)すると,過剰にコラーゲンが組織内 に蓄積した結果,組織線維化が導かれる.しかしな がら,卵巣線維化と代謝異常や細胞ストレス,炎症 との関係は全く明らかとなっていない.
そこで我々は,代謝異常と卵巣線維化の関係性を検討するため,細胞代謝に重要な役割を果たすAlms1 遺伝子に変異を加えることで肥満を呈するBlobby系統マウス(肥満マウス)を用いて解析を行った.その 結果,予想通り加齢マウスと同様に肥満マウスでも, 重篤な卵巣線維化が認められると共に,妊孕性が低 下することを突き止めた.興味深いことに,これら 卵巣線維化が生じた卵巣間質細胞では,ATP産生に必須であるミトコンドリアの酸素消費量や解糖系の活性が著しく低下していた.また,ATP産生に関わる酵素類をコードする遺伝子の発現や,ミトコンド リア活性が有意に低下していた.そして,このような代謝異常が生じる肥満マウスや加齢マウスの卵巣間質では共通して,細胞ストレスの上昇や炎症の亢進が認められた.このような表現型は,ミトコンド リアにおけるATP代謝異常を導くロテノンを3週間に渡って給餌したマウスでも同様に認められたこと から,ミトコンドリアにおけるATP産生異常を中枢として,細胞ストレスの上昇や炎症が誘起され,卵巣線維化が生じていることが明らかとなった.このようなミトコンドリアATP産生異常に起因して卵巣線維化が起こるという知見に基づいて,加齢マウスと肥満マウスにミトコンドリア特異的な機能改善薬 (BGP15)の投与試験を行った.その結果,驚くべき ことに,わずか4日間の投与で,卵巣間質のエネルギー 代謝が改善するだけでなく,卵巣間質の脱線維化が 起こり,外因性ホルモン投与による排卵数が上昇した.
以上のことから,卵胞発育や排卵を担保する卵巣間質が加齢や病態(肥満)によって線維化し,妊孕性 を低下させること,卵巣線維化はミトコンドリア機能低下に起因しており,薬剤投与による機能改善に よって回復し得ることが明らかとなった.これら成 果より,ミトコンドリア改善薬の投与が,加齢に伴っ て低下する女性の卵巣機能を改善させる可能性を有 すると考えられた.