Papers and Abstracts

論文・講演抄録

当科における卵巣移植の現状と課題

脇本 裕

2022年度 年次大会-講演抄録シンポジウム2「卵巣移植 ~世界の現状からみたわが国の課題~」

学会講師:脇本 裕

Abstract

化学療法や放射線療法などのがん治療は早発卵巣機能障害をきたし,妊孕性に影響を及ぼす.卵巣組織凍結(OTC:ovarian tissue cryopreservation)が妊孕性温存方法として用いられ,融解移植(OTT:ovariantissue transplantation)後の妊娠,出産例が相次いで報告されている.当科においては,がん治療医と生殖医療医が迅速で緊密な連携が可能となるよう2016 年1月に県内で「がん・生殖医療ネットワーク」を設立し,2017年からOTCに取り組んできた.OTCは1997年に臨床応用され,2004 年に自家移植のうえ世界初の出産例が報告された.現在のところ諸外国を中心として,約200 名以上の出産例が報告され,移植当りの妊娠率は38%で生児獲得率は約26%と報告されている.諸外国においては緩慢凍結法(slow freezing 法)が主に用いられ,本邦においてはガラス化法(vitrification法)が主に用いられている.当科においても,ガラス化法を採用しているため,妊娠率と生児獲得率は今後の課題である.

当科では,2017年2月から2022 年8月までで,医学的適応によるOTCを32 例で実施した.凍結卵巣をOTTした症例は平均凍結保存期間3 年となるが未だ経験していない.現在のところ,世界でも凍結卵巣の使用率は約5%から10%前後とされ,必ずしも凍結卵巣の使用頻度は高いわけではない.コペンハーゲン大学の報告によると,OTCは1999 年から開始され2020年までに1186 例実施され,OTTは平均凍結保存期間8 年間で計117例実施されている(凍結保存卵巣の使用率は10%).
OTTの問題点の一つにOTTの際に悪性腫瘍細胞の微少残存病変(minimal residual disease; MRD)の混入による原疾患の再発の可能性が指摘されている.当科においても,OTC目的に摘出した卵巣にMRDを認めた1例を経験した.MRD の問題解決に向け,
OTC 時に得られる未成熟卵と卵子卵丘細胞複合体(cumulus-oocyte complex; COC)の体外培養が考えられる.すなわち,OTCのために卵巣摘出した際,摘出卵巣から胞状卵胞が見られる場合には,注射針で卵胞を穿刺し,卵胞液を吸引する.回収された未成熟卵を体外成熟培養(IVM: In Vitro Maturation)に供する.さらに,卵巣皮質をハサミやメスを用いて薄切した後,皮質切片は凍結保存されるが,その際に卵巣皮質と髄質から培養液内に剥がれたCOCを顕微鏡下に回収してIVMに供する.成熟誘導によって得られた卵子で妊娠成立すれば,OTTは不要であるためMRDの再移入の可能性はなく生児獲得が期待できる

ところで,白血病患者にけるOTCは,MRDのリスクが高い.このため,寛解導入療法後のOTCが推奨されている.しかしながら,化学療法による凍結卵巣内における原子卵胞の影響が懸念される.そこで,当科におけるOTC 施行例を化学療法の暴露の有無で血清 anti-müllerian hormone(AMH)値,卵胞密度を比較したところ,化学療法暴露群は平均血清AMH 値は有意に低値であったが,平均原始卵胞密度が有意に増加していた.したがって,化学療法後であっても妊孕性温存法としての卵巣凍結の有効性は期待される.
当科で初めての医学的適応による卵巣凍結からは5年6 ヶ月が経過した.凍結卵巣の使用は長期保管後となるため,融解移植例の経験はまだない.本講演では,上述した内容を中心に当科の卵巣移植の現状と今後の課題について概説する.

 

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