Papers and Abstracts

論文・講演抄録

ステップアップの段階における意思決定支援

藤島 由美子

2016年度 年次大会-講演抄録日本生殖看護学会パネルディスカッション

学会講師:藤島 由美子

Abstract

近年の生殖医療,特に生殖補助医療(ART)の発展は目覚ましいものがある.日本産科婦人科学会の統計によると,2013年の日本におけるART実施周期数は約37万周期,ARTにより産まれた子どもは41,216人となり,新生児出生の約24人に1人といわれている.今や生殖医療は身近なものとなったが,生殖医療は多様であり,予測できない不確かさや時間的制限がある中でのカップル間の治療であることから,治療過程で強いられる心身の苦痛は大きくなっている.治療がうまくいかなければ,次の段階へのステップアップを提示され,今までの治療の失望感や喪失感が十分に解消されないなかで意思決定を迫られているという現状がある.今回,ステップアップ時の対象者の心理社会的特徴を示し,当院での意思決定支援の実際,特に「看護相談」での具体例を報告し,看護の役割,課題についても考えたい.

当院でのステップアップの取り組みは,まず初診時に医師はカップルと共に検査・治療プランを立て,看護師がその方法やスケジュールについて補足説明をする.その後,治療を一定期間行っても成果につながらない場合,医師がステップアップを提案,説明し,不明点や不安について看護師が個別対応をしている.診察終了後の個別対応で不十分であれば,改めて「看護相談」を案内している.当院の「看護相談」は,毎週火曜日15時から予約制で,相談時間は1組50分,費用は1回1,000円である.相談は,不妊症看護認定看護師・生殖医療相談士・体外受精コーディネーター・不妊カウンセラーが担当している.看護相談でのステップアップに関する相談の約半数が新たな治療段階への覚悟を決め,自分なりの見通しをつけて相談に訪れている.まずは,治療方法,スケジュー
ル,妊娠率,コスト,メリット・デメリットなどを情報提供するが,妊娠への不安に押しつぶされそうになりながら次の治療段階への気持ちを奮い立たせ,治療継続に向けてバランスを保とうと相談に訪れている可能性があり,それを十分に理解し相談にのる必要がある.また,体外受精の情報提供を求めて看護相談に訪れるも,話していくうちに「精神的にしんどい.暗闇から抜け出せない気持ちである.体外受精をしたら抜け出せるかもしれない」との訴えも聞かれる.これは,治療後の月経のたびに落ち込み,パートナーへの申し訳なさや見えない愛情対象の喪失体験を頻回に味わうなかで,ステップアップさえすれば,この苦しみや辛さから逃れるのではないかと考えての言葉と思われる.しかし,ARTの妊娠率は一般的に周期あたり20 ~ 30%であることと,高額な治療費が必要なことで,妊娠できなかった時の落胆はより一層大きくなることを予想し,今までの不妊治療の意味やARTに進む意義について,妊娠・出産という結果だけでない何かを得たという過程となるよう,ステップアップ後も寄り添う必要がある.

ステップアップ時の看護者の役割は,今までの治療を振り返り,悲しみや怒り,喪失感を語ることができる場をつくり,次の治療段階への期待と不安も十分に理解したうえで,現実的な情報提供をし,常にそばに寄り添いながら意思決定を継続的に支えることが大切である.今後,生殖医療を受けるカップルがますます増え,選択肢が多様化する中で,医療者には倫理的感応力が求められる.生殖医療や看護に対する知識やカウンセリング技術はもちろん,人間の生殖の困難な課題を看護できる能力を磨き,困難な意思決定支援ができるよう努めていきたい.

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