Papers and Abstracts

論文・講演抄録

Growth fac tor(成長因子)添加培養液の 特徴と有効性について

泊 博幸

2022年度 年次大会-講演抄録日本臨床エンブリオロジスト学会「培養環境を考える」

学会講師:泊 博幸

Abstract

体内でのヒト胚の発生は,卵子と精子が卵管内で出会うことで開始し,卵管内の環境および着床前の子宮内の環境に制御され進行する.ヒト胚の体外培養に用いられる培養液は,この体内環境成分を模倣することで体外において受精卵を着床前の胚盤胞まで発生させることを可能とした.しかし,現在の胚培養液の大部分には,母体生殖管から分泌される成長因子などは含まれておらず,完全に体内環境を再現するには至っていない.実際にヒトを含めた様々な哺乳動物種における研究により,数多くの成長因子のリガンドとその受容体が着床前胚と母体生殖管共に発現していることが示されており,胚の発生速度や胚盤胞発生,さらに細胞数やアポトーシス制御に影響を与えることが示されている.

現在,生殖補助医療において市販されている成長因子添加培養液としては,インスリン含有培養液と顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(granulocyte-macrophage
colony-stimulating factor : GM-CSF)含有培養液がある.インスリンは,糖の代謝を調整するホルモンとして知られており,体外培養胚の代謝活性や細胞増殖を促進することが報告されている.ヒト胚の体外培養においてもインスリン含有培養液を用いることで,胚発生能と胚移植後の臨床妊娠率が改善されることが報告されている.一方,GM-CSFは,ヒト胚の体外培養において近年最も注目されている成長因子の一つであり,主に卵管や子宮内膜の上皮細胞で分泌され,胚発生と着床環境それぞれに対する作用が報告されている.胚に対しては,細胞の増殖や分化またはアポトーシス制御に作用し,胚盤胞への発生を促進することや細胞数が増加することが報告されている.また,着床環境に対しては,免疫応答制御因子として胚着床の場である子宮内膜に作用し,子宮内膜の免疫応答を寛容に調節することで胚の着床を促進することが報告されている.実際に他施設共同ランダム化比較試験においてGM-CSF含有培養液は,胚移植後の臨床成績を改善させることが示されており,中でも流産歴のある症例において有用性が高いことが報告されている.われわれも,GM-CSF 含有培養液を流産歴のある分割期凍結融解胚移植に用い,継続妊娠率が改善される結果を得た.また,新たな試みとして子宮内膜刺激胚移植法の様にGM-CSF含有培養液による子宮内膜刺激の臨床的有用性について凍結融解胚盤胞移植周期において検討し,GM-CSF 含有培養液による子宮内膜刺激は,胚の着床を促進し流産を軽減させ,妊娠継続率が高くなる結果を得た.本講演では,主としてGM-CSF 含有培養液の特徴と有効性について,当院での使用方法と臨床成績を含めてご紹介する.

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