MRKH 症候群に対する子宮移植~新たな生殖医療技術の選択肢~
2021年度 年次大会-講演抄録|MRKH症候群の妊孕性を考える
学会講師:木須 伊織
Abstract
近年,生殖補助医療技術の発展により多くの不妊夫婦に福音がもたらされているが,子宮性不妊女性が自らのお腹で妊娠出産するのは困難であった.最近,これらの子宮性不妊女性が児を得るための1つの選択肢として「子宮移植」という新たな生殖補助医療技術が考えられるようになってきている.我々は2009 年よ
り子宮移植研究に着手し,非ヒト霊長類であるカニクイザルを用いて基礎実験を積み重ね,多くの医学的課題をこれまでに検証してきた.一方,海外では2014 年スウェーデンにおける子宮移植後の初めての出産の報告を皮切りに,既に85 例以上のヒトでの子宮移植が実施され,これまでに40 名以上の児が誕生し,急速に臨床展開されてきている.
子宮移植のレシピエントの対象者は子宮性不妊症患者であり,先天性と後天性に大別される.先天性は,生まれつき子宮や腟を欠損するMayer-Rokitansky-Küster-Hauser 症候群(以下,MRKH 症候群)や子宮低形成,子宮奇形などである.特にMRKH症候群は女児の4, 500人に1人の頻度にみられ,決して珍しくない疾患である.後天性は,子宮悪性腫瘍,良性疾患(子宮筋腫や子宮腺筋症など),産後の大量出血などで子宮摘出を余議なくされた場合やアッシャーマン症候群のような子宮内の高度の癒着により妊孕性を失った場合である.海外でのこれまでの報告では,子宮移植の対象のほとんどがMRKH 症候群患者であるのが現状である.
これまでMRKH 症候群患者は思春期に初経が来ないことを理由に産婦人科に受診をし,医師に子宮や腟がないことや将来の妊娠は困難であることが告知され,その後の生き方,家族関係,社会との関係に,大きな支障を抱えながら日々の生活を過ごさざるを得なかった.また,子どもを授かる手段として,養子制度や代理懐胎のための海外渡航を選択し,特別養子縁組として家族関係を築くMRKH 症候群患者も少なくなかった.しかしながら,近年の子宮移植という新たな医療技術の発展により,MRKH 症候群患者が妊孕性を獲得し,自ら出産することが可能となり,これまで存在しなかった子どもを授かるための選択肢が増えることにつながることが期待される.一方で,子宮移植には他の生殖補助医療技術と同様に多くの医学的,倫理的,社会的課題が内包され,その実施にあたっては慎重にならなければならず,現在,日本医学会にて国内での臨床研究の実施に対する議論が行われており,国内における社会的合意は必須と考える.また,MRKH 症候群患者の
妊孕性に対する思いも多様であることにも留意し,我々医療従事者は精神的サポートやカウンセリングを行いながら,妊孕性の選択肢を提示していくべきである.さらにはこれまで目を向けられることが少なかったMRKH症候群患者の置かれた立場が子宮移植研究によって明るみとなり,MRKH 症候群患者に対する身体的多角的な支援が必要であることが顕わとなり,MRKH 症候群患者への精神的身体的ケアを行う支援体制の窓口を構築してかなければならないと考える.
子宮移植が海外で臨床応用が急速に展開されていることにより,我が国においてもその実施に関して審議しなければならない社会的状況にあるといえる.また子宮移植にはドナー・レシピエント・児のリスク,生命に関わらない臓器の移植の許容,臓器売買やその斡旋,提供者の任意性の担保,社会的合意など,解決すべき課題がまだ残されているものの,この新たな技術によってMRKH 症候群患者に妊孕性をもたらし,MRKH症候群患者に福音をもたらすことが大いに期待される.